子どもたちから学びました(悲しいお話だとばかり思っていました)〔ごんぎつねの授業を通して〕(12/5)

初任の先生のクラスで授業実践

 私は本年度も新しく採用された先生をサポートする仕事(初任者指導)をさせていただいています。私は先日、その先生のクラス(小学4年生)で「ごんぎつね(物語)」(新美南吉 作)の授業をさせていただきました。「子どもが興味関心を持って主体的に読み取りを深めていく授業」を目指しました。そのためには、子どもたちに初発の感想を書いてもらい、そこから読んでの疑問や感じたことを取り上げ授業を構成していきました。

「ごんぎつね」というお話

きつねのごん
<小学国語4年 教育出版より引用>

 このお話は、1956年にはじめて国語の教科書に掲載され、以後幅広く活用されています。小学校の時に学習をされた経験のある方も多いのではないでしょうか。ごんは、ひとりぼっちの小ぎつねで、畑へ入っていもをほり散らしたり、菜種がらに火をつけたり、とんがらしをむしり取っていったり、いたずらばかりしていました。

 雨あがりの日、ごんは、兵十が捕まえた魚を次から次への逃がしてしまいました。それを見た兵十は、「ぬすとぎつねめ。」とどなりたてました。

そうれつを見るごん

くりやまつたけを置いていくごん

 10日ほどたって、ごんは兵十のおっかあのそうれつを見て、そのばん、あなの中で考えたのです。「兵十のおっかあは、とこについていて、うなぎが食べたいと言ったにちがいない。それで、兵十が、はりきりあみを持ちだしたんだ。ところがわしがいたずらをして、うなぎを取ってきてしまった。だから、兵十は、おっかあにうなぎを食べさせることができなかった。ちょ、あんないたずらをしなけりゃよかった。」
 それからというもの、ごんはくりやまつたけを兵十の家に届けるようになったのです。

 しかし、兵十はくりやまつたけを届けたのはごんではなく、加助に「神様がめぐんでくださるんだよ。」と、言われて神様がめぐんでくださる、と思うようになったのです。

「なぜ、ごんは兵十にじゅうでうたれたのだろう」

 最後の6の場面で授業をさせていただきました。子どもの疑問を学習課題に設定しました。上記の学習課題を考えていくことで、「ごんは兵十がごんにものすごく腹を立てていたから撃たれた」うなぎをぬすみやがった、ごんぎつねが、「ようし」という文章や語句から兵十の「怒り」が読み取れるとともに、ごんがくりやまつたけを置いていったことを兵十は全然知らないことが分かります。

「なぜ、ごんはこっそりとくりやまつたけを置いていったのだろう。どうどうとごんは兵十にあやまればよかったのに」

 ごんが兵十に撃たれた理由は分かっても、私は、ごんは「うなぎをぬすんだのはぼくです」とあやまれば撃たれることはなかったのでは、といったこどもの意見を取り上げ、更にごんと兵十が理解し合えなかった理由を深めていくようにしました。そこで、私は、どうどうとあやまればこっそりとくりやまつたけを置いていく必要はなかったのでは?と発問をしました。


ごんをねらう兵十

 

C1「そう思う。あやまればよかったのに。」
C2「あやまれなかったと思う。ごんは兵十にいたずらぎつねと思われていて、あやまろうとしても信じてもらえないと思ったのでは。」
C3「兵十は、くりやまつたけを置いていったのは神様だと思っているから、信じてもらえないと思っている。」

このお話の続きを書きたい

 子どもたちはこっそりとしか置けないごんの辛さを感じ取ったようでした。そして、最後にはごんと兵十は分かり合えたこと、青い煙が筒口からほっそり出ている様子から兵十の後悔を感じ取っているようでした。授業の終末、子どもたちの方から「このお話の続きを書きたい。」という声が上がりました。ごんは、「生きていると思う。」という意見が上がったのです。文章をよく読んでみると、「ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。」と書いてあって、「ごんは亡くなりました。」「動かなくなりました。」とは書いていないのです。

【ごんは助かった】 

【ごんは天国へ行った】

子どもたちから学びました(悲しいお話とばかり思っていました)

 私はこれまで、ごんぎつねは分かり合えない悲しいお話だとばかり思っていました。銃で撃たれたら、それは致命傷になる可能性が高いからです。しかし、文章には、「ごんは、ぐったりと目をつぶったまま、うなずきました。」と書いてあるだけなのです。この先は読者の創造に委ねられてもよいのではと思いました。分かり合えたのは最後という悲しいお話から、分かり合えて一緒に暮らした幸せなお話と考えてもよいのでは、と思うと晴れ晴れとした気持ちになりました。

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