子どもの主体性を育む道徳の授業(その4)(10/27)

主発問を考える

 下の資料は、原文を修正したものです。前回の資料の赤い波線の部分を削除してあります。「ぼく」の考えや気持ちが書かれていると、児童はそれを拠りどころにして資料の「ぼく」の考えや気持ちを表出し、児童自身の考えや気持ちが表出されにくいと考えます。

 よく国語の文章の読解と道徳の主人公の考えや気持ちの違いはどこにあるのかと、ずいぶん前から指摘されてきました。道徳における主人公の考えや気持ちは、資料中の事実や主人公の体験を基に、児童が主人公になりきり児童のこれまでの経験を想起することにより、児童自身の考えや気持ちが反映されていくようにしたいと考えます。

【主発問(児童が考えや気持ちを考える働きかけ)】
〇ただし君も相手チームも見えなかったらしいから「ぼく」はどんなことを思っただろう。(葛藤に至る前の場面)
〇ただし君が「がんばらなくちゃ」と言った時、「ぼく」はどんなことを思っただろう。(若干葛藤に至った場面)
〇試合に勝ってみんなが大喜びをしている時、「ぼく」はどんなことを思っただろう。(葛藤の場面)
※本時はオープンエンドにするために、価値を主体的に自覚する場面での発問はなく、児童が自己決定をした後、児童の感想で児童が価値を自覚していくようにしていく場を設定しました。

 「思う」には「考え」と「気持ち」の両方が含まれます。心理学では、「体験」→「考え」→「気持ち」→「行動」と人間の行動化には「考え」→「気持ち」がスムーズに流れることが必要であるとされています。従がって、次への行動化につなげていくことを念頭にして「思ったのでしょう」「思うのでしょう」といった聞き方が適切ではないかと考えます。

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