製薬会社の向精神薬を販売するための知恵(前編)(5/7)

 井原裕医師は、「うつの8割に薬は無意味」(井原裕著 朝日新書)で、製薬会社が疾患喧伝を行う際には、その対象となる疾患には以下の4つの共通点があると述べています。

 第1に、正常と異常との境界領域を狙うということ。ここに巨大な市場が隠されています。
 第2に、致死的でもなければ、緊急性もないものを狙います。患者さんが急に悪くなって、すぐに死んでしまったのでは、利益を上げる暇もありません。製薬会社からみて理想の患者とは、すぐには死なないで、しかし治るわけでもなく、薬を飲み続けてくれるようなタイプです。

 第3に、何万人に1人しかいないような希少疾患ではなく、日本人の数人に1人がかかるような、ごく普通の疾患である必要があります。希少疾患では大きな利益は望めません。膨大な患者数が見込まれて、初めて有望な市場といえるわけです。
 第4に、投薬期間が長期にわたる疾患が望ましいのです。数日、数週間で治ってしまっては、そのあとは薬を使ってくれません。治るのに数ヵ月、数年かかり、そのうえ、再発防止を名目に、長く、望むらくは一生、薬を飲み続けていただくことが理想です。

 精神疾患、とくに「うつ病」は、以上の4つのポイントを満たしていますので、製薬会社としては理想的といえます。

 SSRIの販売促進を行おうとした時、製薬会社は直接薬剤の宣伝を行う代わりに、「うつ病」という疾患の宣伝を行いました。これは日本では法的な制約があって、医薬品の宣伝には厳しい規制がかけられているからとのことです。薬の代わりに病気の宣伝をして、人々を不安な気持ちにさせて、薬を出してくれる病院へ送り出そうとしたのです。

 その際に使った誘い文句が「うつは心の風邪」というものです。それまで病気とはみなされなかった、自然な気分の落ち込みや悲しみの感情を風邪にたとえて、「実は病気なのです。こじらせてはいけない。お医者さんに相談しましょう」といった暗示をかけて、人々に不安を与えつつ、たくみに精神科受診へつなげようとしたわけです。

 

 SSRIが販売された当初は、製薬会社は画期的な薬だと思っていたのかもしれません。だからこそ、テレビや新聞などのメディアで大々的に宣伝したのでしょう。多くの人々は「心の風邪」だからすぐに治ると信じて、精神科や心療内科に行き気軽にSSRIを飲むようになりました。私は、製薬会社は本当に「巧み」だと思いました。

 これでは、多くの人々が騙されるわけです。私も騙されました。私は薬を飲めば、うつ病はすぐに治ると思っていました。心療内科の急増とともに、うつ病患者も急速に増えていったのもうなづけます。しかし、2008年ごろからSSRIの攻撃性や自殺念慮、自殺企図のたいへん危険な副作用が指摘されるようになりました。効果も軽症・中症のうつ病に効かないことも分かってきました。また、多くの人が長期間服用するようになってしまいました。

 製薬会社は販売するのをやめ、精神科医は処方するのをやめればよいのに、それにも関わらず、現在も処方され続けているのです。

「うつの8割に薬は無意味」井原裕著 朝日新書 より

月ごとの投稿
うつ・不安症状