1970年代、80年代の集団的自衛権の政府解釈は憲法上許されない(3/15)

 2015年に成立した安全保障関連法では、日本が直接攻撃を受けていなくても、密接な関係にある他国が攻撃され、日本の存立が脅かされる存立危機事態と政府が認定すれば、自衛隊が集団的自衛権を行使できる、とされています。 

集 団 的 自 衛 権 と は

   集団的自衛権とは、同盟国などが攻撃された場合に、自国が直接攻撃されていなくても共同で防衛行動をとる権利です。集団的自衛権は、国連憲章第51条に基づく権利で、加盟国が武力攻撃を受けた場合、他国と協力して防衛行動を取ることを認めています。

 戦後の日本と集団的自衛権

 日本は1951年にサンフランシスコ講和条約を締結し、そこで集団的自衛権の行使が認められました。この条約により、日本は主権を回復し、アメリカとの安全保障関係(旧・日米安保条約)を築くこととなりましたが、日本側は、日米両国間において集団的自衛権の関係を設定し、これを根拠に主権回復後の日本においても米軍駐留を続けることを求めたのです。

 しかし、アメリカ側はバンデンバーグ決議を理由に相互対等な防衛条約の締結に難色を示し、結局は相互の防衛義務については明記しない(両国が集団的自衛権を保有していることを明示するに留める)形で締結されることになりました。相互防衛義務は明記されなかったのです。

 サンフランシスコ講和条約後、1954年には自衛隊が設立され、その合憲性についても議論が続きましたが、吉田茂首相は自衛権を保持しているとし、憲法に違反していない旨の答弁を行いました。

日本の集団的自衛権が生まれた背景 - Bing
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バンデンバーグ決議 - Wikipedia

新・日米安全保障条約で集団的自衛権が明文化

岸信介首相

 1960年、新・日米安全保障条約が締結されましたが、同条約では、旧条約でアメリカ側の意向により日米両国の間の集団的自衛権の行使が明示されていなかったのを改め、アメリカによる日本の防衛と、それに対する自衛隊の共同行動が明文化されました。その時の岸信介首相は、新条約によって集団的自衛権が名実ともに行使されるようになったことを強調することに務めていました。

岸・安倍家三代と旧統一教会リール動画
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1970年代、80年代の集団的自衛権の政府解釈は違憲

 1972年10月14日、田中政権下では集団的自衛権の合憲性についての解釈を以下のように発表しました。

田中角栄首相

(略)
そうだとすれば、わが憲法の下で武力行使を行なうことが許されるのは、わが国に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られるのであって、したがって、他国に加えられた武力攻撃を阻止することをその内容とするいわゆる集団的自衛権の行使は、憲法上許されないといわざるを得ない。
— 1972年10月14日、参議院決算委員会提出資料

 1981年、政府は社会党衆院議員の稲葉誠一への答弁書において、集団的自衛権と憲法9条との関係について、政府見解を端的にまとめています。 


 我が国が、国際法上、このような集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然であるが、憲法9条の下において許容されている自衛権の行使は、我が国を防衛するため必要最小限度の範囲にとどまるべきものであると解しており、集団的自衛権を行使することは、その範囲を超えるものであって、憲法上許されないと考えている。

この時点で政府解釈では、
 ・個別的自衛権=必要最小限度の範囲内の自衛措置=合憲
 ・集団的自衛権=必要最小限度の範囲を超える自衛措置=違憲
というラインが自明のものとして採用されていました。

日本の集団的自衛権 - Wikipedia

 1970年代、80年代の政府は憲法9条を優先!!

 1960年、総理の岸信介氏は新・日米安全保障条約を締結し、集団的自衛権の行使を容認する考えを示しました。しかし、1970年代に入って、田中角栄首相は、主権国家として集団的自衛権が認められつつも、集団的自衛権は違憲であるとの考えを示し、憲法9条を優先しました。田中角栄氏は、アメリカからのベトナム戦争派遣要請に対して、憲法9条を盾にしてきっぱり断った総理大臣であることも知られています。

 また、日中国交正常化を果たしたことにより、アメリカの怒りを買ってロッキード事件を起こされ、政治生命を絶たれましたが、現在も田中氏を再評価する声は高いです。日本の政治家は、アメリカの意に添わなかった場合、政治生命を絶たれてしまう可能性があるかもしれませんが、田中角栄氏は、アメリカに屈せずに、国民や国益を第一に考えて、政治活動に専念した総理大臣だったのではないでしょうか。

 現在、田中角栄氏の「戦争を体験した世代が政治の中心にいる時代は、平和について議論する必要すらない。いずれ戦争を知らない世代が、政治の中枢を占める時代が来るのが怖い…。」と言った言葉の通りになってきているような気がしてなりません。

田中角栄はキッシンジャーに斬られた! ロッキード事件の真相 『ロッキード疑獄』 | BOOKウォッチ
田中角栄・元首相が逮捕・起訴され、一、二審で実刑判決を受けて政治生命を絶たれたロッキード事件。これまでに多くの陰謀説が語られ、いまも田中を再評価する声が高い。本書『ロッキード疑獄 → 続きはこちら
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