多くの精神科医が2割(論文によっては1割)の人にしか効かない劇薬である抗うつ薬を処方するのは、なぜでしょうか。
井原医師は、「精神科医側は、『2割の人に意味があるのなら出すべきだ』『2割の人が救われるのに、その可能性にかけることなく、薬を出さないのは罪だ』とすら言ういう人もいます」と述べています。
医薬品というのは、10人に1人以下に効果がある場合、その薬は有効であるとされています。1割台だとたいへん期待できると考えられる世界なのだそうです。重症でない大うつ病に対して症状が改善されるのは、少なく見積もれば1割2分、多く見積もっても3割3分程度と結論付けられています。
それゆえに、重症でない大うつ病に対しても、抗うつ薬を使うべきであるというのが大多数の精神科医の主張だそうです。改善するのが多くて3割3分というのであれば、1割台でもかなり期待できると考える医師にとっては、使うべきだと考ます。
この理屈は致死性の疾患であれば、間違いなく正当化されると思うと、井原医師は言っています。自分の受け持ちの患者が「そのままにしておけば、死ぬ病気にかかっていて、この薬を飲めば3分の1の確率で救命できる」と思えば、どんな医者だって処方するでしょう。患者の方も「溺れる者はわらをもつかむ」思いで、その薬を飲むでしょう。
問題は、「重症でない大うつ病」がどの程度深刻な疾患なのか、患者は特効薬をどの程度「わらをもつかむ」思いで待ち望んでいるか、ということになると思います。
多くの精神科医は、「目の前のこの患者が、まさに『3人のうちの1人』ないし、『8人のうちの1人』に該当する可能性がある以上、私は抗うつ薬を処方する。少しでも可能性がある以上、私は患者を救いたい」と考えているのです。
しかし、逆の考え方もあります。「目の前のこの患者は、たぶん『3人のうちの2人』ないし、『8人のうち7人』に該当するだろうから、私は抗うつ薬は使わない。その方が患者さんだって薬代を払わなくてもすむから」という精神科医がいても、それはその人の裁量だと、井原医師は述べています。
向精神薬は国によって認可されています。また、精神科医も医師国家試験に合格しています。それ故、精神科医は薬を処方する絶大なる権限を持っています。薬を処方するもしないも、精神科医一人一人の裁量になっているのが現実なのです。
参考文献:「うつの8割に薬は無意味」井原裕著 朝日新書